10月28日(月)に, 2年生理系生徒を対象に 講演会「動物園・里山文化とは ~スローライフが叫ばれる 今の時代要請とは」が行われました。
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富山市ファミリーパーク園長 である山本茂行氏に講演していただきました。
先生は日本動物園水族館協会(JAZA)の会長でもあり、日本の動物園・水族館のこれからの在り方について研究されています。
いわば、日本一動物園のことを考えている人が動物園について語る講演会が、入高で実現できたのです。
このような貴重な講演会が実現しましたのは、一重に 公益財団法人 北陸電力教育振興財団 のおかげです。
厚く御礼申し上げます。

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導入はツシマヤマネコのお話からでした。

(wikipedia より)
対馬山猫

ツシマヤマネコは絶滅危惧IA 種に属する動物であり、現在野生のツシマヤマネコは100頭程しかいません。
そんなツシマヤマネコを飼育し野生に戻そうとする活動を富山市のファミリーパークでは行っています。
しかし、『なぜ長崎県のツシマヤマネコを富山”市”の税金を使って、繁殖させなければならないのか?』
という問に答えられる法的根拠は実はないそうです。

そして、この問題は富山を象徴するライチョウにおいても言えます。

(wikipedia より)
ライチョウ

ライチョウはおよそ2千羽いますが、近年では温暖化により生息地が減少したり、イノシシなどがライチョウの生息する高山帯まで侵入してエサ場を荒らしたりなど、乱獲されていない現在でも絶滅する要素が残っています。
そんなライチョウさえも法的根拠がない状態で動物園が奮闘しているそうです。

またそれとは別に、日本の動物園から動物がいなくなるという危機的な状況にあるそうです。
日本ではオスメス最低1頭ずつさえいれば、「見せる」という面では良かったのですが、「繁殖」ということを考えれば適していません。
例えば、ゾウを繁殖させようとすれば、20ha (*東京ドーム4個分)に20頭の群れが必要となります。
東京ドーム4個分

つまり、日本の動物園から動物がいなくなるとは、動物が次の世代を残すことができずに高齢化してしまい、最終的にいなくなるということです。
また他国の動物園では早くの段階から動物園間でシェアするなど動物を維持する体制が整っているのに対し、日本はそういったものがありません。
日本は動物を繁殖させる環境もそれを行う体制も整っていないため、動物園を存続させるためには大きくかじをきらなければなりません。

山本園長は、早くから日本の動物園のあり方に警鐘を鳴らされ、富山市ファミリーパークをつくるに際し、富山の里山にいる動物を見せるという当時の動物園としては”異端”と思われることをされてきました。
珍しい動物がおらず「日本一地味な動物園」と言われたこともあったそうですが、現在ではこれからの日本の動物園においてあるべき姿として注目を集めています。

また山本園長は「動物園が嫌い」と意外なことを話されました。
その背景には、動物は汗を流して自分の足で見に行くものであるという考えがあるためであり、陳列された動物を見せるスタイルであるため賛同できない、ということでした。
しかし、それでも園長が動物園を経営されるのは、人間が自然から離れることは人類が滅びることにつながると危惧されているからです。
生物多様性を守るとは、我々ホモ・サピエンスも含まれており、日本の3つの宝である人・生物・国土を守る動物園を提唱されています。
我々が動物園に訪れることが、動物のこと・自然ことを考えるきっかけとなり、そして、人を元気に、地域を元気に、命を元気にすることができ、それこそが動物園の真の役割であると考えておられました。

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動物園・水族館を「いのちの博物館」ととらえ、その果たすべき役割、課題などについて考えるシンポジウム「いのちの博物館の実現に向けて-消えていいのか、日本の動物園・水族館」を全国で開催されています。
ひとつのプロジェクトを完遂するためには、専門家のみではなく、多くの職種・多くの人とネットワークをつくることが大切であり、多くの協力が必要です。
そのことを広める5回目のシンポジウムが富山県にて開催されるそうです。
これからの動物園にとって、我々ができることを考えていければ良いなと思います。

生徒から、
「講演会がなければ動物園や水族館のことを全然知らないままでした。」
「自分もこういった自然に関わっていきたい。」
「将来、誰かのために頑張れる自分になりたい。」
など頼もしい意見がありました。

私の感想ですが、正しい・当たり前とされることが時間を経ることで間違いであることがわかるということは世の中では多くあります。
既存の”正しい”に対して、そのまま受け入れるのではなく、本当にそれが正しいのか自分で考え、自分で判断することが大切だと思います。
その判断が “異端”と言われようが、自分で考えて行動できる人間に生徒はなっていって欲しいと思います。